【津山恵子のアメリカ最新事情】フェイスブックがNYにやってくる 「金融の街」のイメージ脱皮できるか

 ソーシャルメディア最大手のフェイスブックが1日、新規株式公開(IPO)の申請をしたことで、米国内は大騒ぎになった。ツイッターには、メディアやブロガーから「企業価値は1000億ドル」「ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)資産額は280億ドル」と、まばたきする間もないほど上場内容のツイートが殺到した。

 そのフェイスブックが、シリコンバレーの本社がある西海岸を出て、初めてニューヨークにエンジニアリング・センターを開く計画をしていることは、あまり知られていない。これは、ニューヨーク市にとっても、フェイスブックにとっても、ビッグ・ニュースだ。

 西海岸は気候が暖かく、カジュアルなイメージが売りだ。しかも、フェイスブックやグーグル、マイクロソフトなど最先端の情報技術(IT)企業の集積地。一方で、東海岸にあるニューヨークは金融の街で、テンポが速く、西海岸に比べれば、都会の冷たさと混沌としたイメージがある。異なる顔を持つ西と東は、お互いにライバル意識を持っている。

 そのライバル意識を超えて、フェイスブックはあえて、優秀なエンジニアをニューヨークで集め、センターを新設するというのだ。マーク・ザッカーバーグCEOは、これに先駆けて、同じ東海岸にあるマサチューセッツ州の母校ハーバード大学と、マサチューセッツ工科大学を訪ね、エンジニアをリクルートした、とニューヨークの地元ラジオが伝えた。

 そのフェイスブックが1月、アプリの開発者向け会議をニューヨークで開いた。シリコンバレーから来た同社エンジニアが次々に登壇。みなTシャツ姿で、話の切り出しはこうだ。

 「ニューヨークに来てうれしいよ。でも、帽子と手袋があった方がいいね」

 さらに、デモで作成するアプリの仮の名前が「HackNYC(ニューヨーク市をハックしよう)」だった。

 ハックは、コンピューター用語の「侵入する」という意味だが、フェイスブックの企業文化のマントラ(信念)でもある。シリコンバレーにあるフェイスブック本社内は、壁のいたるところに「HACK」の文字がアートとして描かれている。さらに、ザッカーバーグCEOは、IPO申請書に添えた書簡で、フェイスブック社員の「エンジニア魂」を「The Hacker Way (ハッカー・ウェイ)」と言い表した。ハックは長年、コンピューター・システムに不正侵入するといった犯罪的なイメージを持つ言葉だったが、それは違うと前置きして、こう述べている。

 「ハッカー・ウェイは、絶えず向上していく方法を確立するためのアプローチだ。ハッカーは、物事は今よりも必ず良くなるはずだと信じているし、完璧なものはないと考える」

 とはいえ、「HackNYC」というアプリ名には、「ニューヨークをのっとれ」という意味や気負いも感じ、にやりとさせられる。

 一方、ニューヨーク市にとっては、フェイスブックにハックされるのは、本当に「向上する」という意味なのかもしれない。

 昨年12月、フェイスブックがニューヨーク進出を発表した記者会見には、ブルームバーグ市長、シューマー上院議員、マローニー下院議員と、政治家が勢揃いした。

 「テクノロジー企業の成長は、雇用を創出し、市経済を多様化させることができる。フェイスブックがここで成長し、しかも『次のフェイスブック』がここで創業されるように、全力を尽くしたい」と、ブルームバーグ市長。

 同市には、位置情報サービスを使ったソーシャルメディア「フォースクエア」や、メディアミックスブログの「タンブラー」などが本社を置く。しかし、テクノロジー系のベンチャーはやはり、シリコンバレーの方が育ちやすい土壌がある。

 ニューヨークはこれまで、金融機関やファイザーといった伝統的な企業の集積地であり続けた。

 しかし、市の財源となる法人税を支えていた金融セクターが、リーマン・ショック以降、なかなか立ち直れずにいる。それが、景気回復の加速にブレーキをかけており、米国人の生活にも不安な影を落としている。さらに、経済格差に反対する若者の運動「オキュパイ・ウォール・ストリート金融街ウォール街を占拠せよ)」が話題になると、金融街=悪者というイメージが膨らんだ。

 巨額の財政赤字に苦しむブルームバーグ市長にとって、彼の言う「市経済」の多様化とはつまり「税収源」の多様化であり、長期的な課題だ。このため、諸手を挙げて、フェイスブックの「ハック」を歓迎することになった。

 同市長はまた、昨年末、マンハッタン島の東側に浮かぶ小島ルーズベルト島に、名門コーネル大学の「テクノロジー・キャンパス」を招致するため投資することも発表している。地元ラジオによると、発表の会見で市長はこう述べた。

 「(この投資は)大きな転換点になる。今後30年間で、230億ドルの経済活動を生み、140億ドルの税収にもつながる。キャンパスからは400社のベンチャーが誕生し、2万2000人の雇用が創出される」

 市長が「金融街依存」から脱皮したい意向がよく分かる発言だ。

 一方、フェイスブックは、「エンジニアリングNYC」というページを設けて、人材募集をしている最中。拠点の場所や人数、開設時期は一切、明らかにしていないが、「ハッカー・ウェイ」で、あっという間にニューヨークに上陸するに違いない。

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津山恵子(つやま・けいこ) フリージャーナリスト

 東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、AERAに執筆した。米国の経済、政治について「AERA」「週刊ダイヤモンド」「文芸春秋」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」(現代書館、カナダ首相出版賞審査員特別賞受賞)など。