初音ミク、“リアル”に商機 ライブ・カラオケ・CM…関連消費100億円超

5年前に誕生したバーチャル(仮想)アイドル「初音(はつね)ミク」が、リアル(現実)の世界で一大ビジネスに成長している。「ミク」は、歌声を合成するパソコン用音楽ソフトとそのイメージキャラクター。ファンが動画サイトに投稿した作品は数万本に上り、人気曲はCDやカラオケでもヒット。トヨタ自動車や米グーグルといった世界的企業がCMに起用するまでになった。関連消費額はすでに100億円を超えたとみられており、近く英語版ソフトの発売なども予定され、ビジネスチャンスは広がる一方だ。アマチュア作品が支える新しいコンテンツビジネスが大きく羽ばたこうとしている。


「ミクさんキター!」

 青い髪をなびかせ、ステージに浮かび上がった少女の姿に、ファンが大歓声を上げた。「ミク」の名にちなみ、3月9日まで2日間、東京ドームシティで開かれたライブイベントは、4回公演がすべて満席となった。

 合成された不思議な歌声がホールに響き、ステージ上に投影されたミクの3DCG(3次元コンピューターグラフィックス)が、まるで実在のアイドルのように滑らかなパフォーマンスを披露。“電子の歌姫”に計1万人の来場者が拍手を送り、動画サイト「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが生中継した有料ネット配信には12万以上のアクセスが集まった。

 「初音ミク」は2007年8月、メロディーと歌詞を入力して女性ボーカルの音声を合成するソフトとして、音楽・ITベンチャーの「クリプトン・フューチャー・メディア」(札幌市)が発売した。基礎部分には、ヤマハが開発した音声合成システム「VOCALOID(ボーカロイド)2」を利用している。

 従来、同種ソフトのユーザーはミュージシャンなど音楽業界関係者に限られていた。しかし「ミク」は、アイドルに見立てた親しみやすいキャラクターを設定したことで、「音楽制作ツール」の枠を超えて幅広い注目を集めた。

 その結果、発売後1年間だけで、音楽ソフトとしては異例の4万本を販売。ユーザーが動画サイトに楽曲を投稿し、その視聴者が楽曲に映像を付けてさらに投稿するというサイクルが生まれ、ファン層の拡大が続いている。

 このサイクルを支えているのが、キャラクターの版権に関するクリプトンの寛容な方針だ。

 「僕はITエンジニア出身。(プログラムの改良や再配布が自由な)オープンソースの恩恵をたくさん受けてきたので、著作権をある程度自由にすることに違和感は覚えない」と、伊藤博之社長は語る。こうした考え方から、同社はミクを使った動画などの2次創作について、「無償公開」や「登録した上で、材料費程度の価格で頒布」することを公式に認めている。

 結果として多くのアマチュアリエーターがコンテンツ制作を手がけるようになり、動画サイトでは再生回数100万回を超えるヒット作が次々と出現。その人気を受け、商業ベースへのミク進出は加速度を増している。

 通信カラオケのエクシングは、ミクの楽曲を07年以来、約1800曲配信し、若者を中心に利用を伸ばす。セガは、09年からミクが登場するゲームソフトを毎年発売、4タイトルの累計出荷数は100万本を超え、グッズ販売も好調に推移する。

 米国ではトヨタ・カローラのCMキャラクターに昨年5月起用され、日本では昨年末にグーグルのCMが話題を呼んだ。

 そのグーグルのCM曲「Tell Your World EP」は同人サークル制作の楽曲ながら、今月14日発売されたCDが初週に約3万3000枚のセールスを記録。オリコンのアルバムランキング(12〜18日)で4位にランクインした。

 「ミク関連の消費額は、すでに100億円を超えた」と、野村総合研究所の伊部和晃コンサルタントは試算する。

 その額はまだ、1996年から累計2億本以上を売り上げているゲームソフト「ポケットモンスター」シリーズ関連の3兆円以上とされる経済効果には遠く及ばない。

 しかし、「ミク」は、これまでなかったコンテンツの新しい形成法を定着させつつある。それは、ネット上での消費者同士の交流から生まれて次第にメジャー化するという新潮流だ。

 伊部コンサルタントは「スポーツと同様に、アマチュアの裾野が広がればトップの質も高まる。ミクのムーブメントは、日本発のコンテンツビジネスをさらに成長させる可能性がある」と指摘する。(山沢義徳)